『橘姓斑目家の歴史 古代・中世編』
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301第12章 酔談「班目沢と斑目郷」宴会風景の絵巻というものがちゃんと残っています。あとは発掘した器に付着しているものが何であるかも、ちゃんと分かります。それが出てくる遺跡って限られていて、とんでもない遺跡からしか出て来ない。やっぱり合意形成なんかを必要とする権力集中の館でしか行われませんからね。――斑目四郎もそんな宴会を開いていた?宴会は10世紀ぐらいから始まっていますから、添川、覇別、助川3村をたばねたのが斑目四郎だったら、やっぱりどこかで宴会をやっていた。そうやって武士を集め、合意を形成して、統括していたのは間違いないと思います。だから戦いが出来るんです。そういう姿を想像すると面白いですよね(笑)。*「虚空蔵大台滝遺跡」の発掘物(秋田県教育委員会の2007年3月報告書の巻頭図版から)

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