『橘姓斑目家の歴史 古代・中世編』
280/356

278そうですね。世の中というのはだんだん腐敗してきますから。平安時代の前半は国司もちゃんと現地に赴任していたけども、だんだん国守の肩書だけ貰って、赴任しないまま仕事を地元の有力者にやらせる。例えていえば、私が市役所で仕事をしていたところ、なぜか市長が来なくなって、お前が代わりにやれよと言われる。私がやると、もともと地元のことをよく知っているから、どんどん強くなっていく。そういう時期が「元慶の乱」の前後なんです。それまで役所に勤めていた者が、自分の家で役所の仕事をやり始めるのが、9世紀末から10世紀前半。古代の10世紀半ばから後半ぐらいの時代には、全国的に京都の人たちが政治を地方の強い人たちに任せてしまうんですよ。――よきにはからえ、ですか(笑)。地方で強いといえば、郡の有力者ですよね。秋田県の横手盆地でいえば、出羽山北三郡を統括していたのが清原氏で、相当な力を持っていた。

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer9以上が必要です