『橘姓斑目家の歴史 古代・中世編』
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252平惟衡の女房になったということは、ずうっと50年でも100年でも200年でも、この一族にとっては記憶に残る出来事なんですかね。そうですね。――おまけに、惟衡の5代あとには、太政大臣に上りつめた、天下の平清盛が出ていますからね。わが一族の先祖は平清盛の何々だったという形でずっと言い伝えて行く? それとも50年とか100年たったら直系の系統でない限りは、なにがなんだかわからないような状態になっていく?言い伝えはあると思いますね。特に誇らしいものは大切だと思いますね。――「宗信」の「出羽少掾」から「武信」の「雄勝郡擬少領」へ。これは世襲的なものと考えられるんですかね。

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