『橘姓斑目家の歴史 古代・中世編』
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223第10章 野中哲照氏インタビュー元服するまでは、だいたいは幼名で呼び合うんですね。そして元服するころになって、大人の名前として、こういう二文字の名前が付くことになるわけです。その時は必ず烏帽子親みたいな人に名前を付けてもらう。自分で勝手に名乗るってことはないと思います。――そして実際は、「小金」よりも「黄金」という字である可能性が高いと。はい。だって金が延べ板とか小判とか、ちゃんとした形になるのは後世の事。古代の金というのは砂金ですから、小さいとか大きいとか、そんな概念なんかないでしょう(笑)。――となると、「小金」に続く「牛麿」も「石成」も「河雄」も、みんな国司とか郡司とかによって付けられた名前ですか。はい、ある程度身分の高い人に付けられたということでしょう。現代でもお寺のお坊さんなんかに付けて貰うという事がありますよね。その程度のことですけども、だれかに付けてもらっている可能性があります。この人たちは基本的に俘囚の立場ですから。俘囚じゃ

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