『橘姓斑目家の歴史 古代・中世編』
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136 第7章 疑わしきは「家伝」の利益にさて、東日本斑目家の系統である。薩摩斑目家が実は京都橘氏の系統だったというのであれば、こちらはどうなるのか。東日本斑目家は陸奥国白河地方(福島県白河市周辺)の斑目家を源流として、戦乱とともに宮城、秋田などへ、さらに時代の流れに従って東日本全域へ広がったと見られる。その源流近くに位置する福島県須賀川市の市立図書館に『白河斑目氏系図』と書籍『斑目家由来について』(斑目長作編集)が所蔵されている。白河斑目家に関して最も基本的な資料であると見られ、最大の情報量を持つものであると言ってよい。本来ならば、薩摩斑目家の『斑目家文書』と同じように、このたいへん貴重な二つの資料を指針として取材を進めればいいはずだが、残念ながらそうはいかない。いずれも内容において玉石混交で、特に『斑目家由来について』はどこまで事実なのかが非常に判断しづらい状態にあるのだ。

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